それでは、すべり面と垂直な角度よりも立ててロックボルトを配置した場合、どんなデメリットがあるか検討していきます。
下の図の補強材Aが最適な角度だとした場合、施工性を重視したのり面直角では、補強材Bのようにロックボルトを配置していることが実際にあります。それでも熟練した施工者は、引張力にとっては寝かせるほうが安全なことを知っているので、地山に削孔する場合はこんな時に意図的に寝かせ気味に削孔をしたりします。ただ、ボイド径の中で削孔する法枠の場合だとそんな融通もきかせられません。
補強材Bの場合、すべり面と平行に働くいわゆる引き止め力はマイナスの値になるので、0として計上します。そのとき、この補強材に期待できる効果は、すべり面と垂直に働く力を高める締め付け力のみとなります。
ただその分、締め付け力の値は大きくなるので、補強材がすべり面に対して立ち気味な断面の場合は締め付け力主体で補強効果が見込まれます。
結局、引き止めか締め付けかの配分が変わるだけなので、横断面の中に何本かこういう補強材があっても施工性を重視しながら十分に補強効果を与えられるのが、鉄筋挿入工の良いところです。
しかしながら、補強材がすべり面に対して過度に立っていると、土中で圧縮ひずみが大きくなる方向に補強材を向けていることになり、引張力を見込んでいるはずのロックボルトの軸力が圧縮力になる可能性があることを少し気にしておく必要はあると思います。
極限平衡法の計算では、グラウトと地山との周面摩擦抵値から引張力を計算するので引張力が働く前提で計算が行われています
では、補強材の軸力が圧縮力となるとどうなるでしょう?
その場合、そもそも引張力が働いていないので締め付け力も見込めなくなります。
さらに、補強材の周面摩擦抵抗が土が圧縮されないように働くので、移動土塊をすべり面に押さえつける力を逆に小さくしてしまう可能性を指摘している論文もあります。
これは極端な例のように聞こえるかもしれませんが、ロックボルトの軸力が圧縮力になることが意外と多いことは、FEM解析をするとよくわかります。
今回は、そのロックボルト、本当に引張力が働いてる?という観点から、補強材とすべり面がなす角度によって補強材に働く軸力が変化することをFEM解析で検証していきます。
たとえば、下記のような斜面があったとします。
この斜面がすべるとき、斜面は下記のように変位します。青から赤に行くほど変位が大きくなり、潜在的にすべり円弧が発生しそうな形状や深さもわかります。
上の変位をベクトルで表すと下記のようになります。緑の棒はロックボルトのモデルです。
ベクトルが集まっている境がすべり面となるので、各補強材とすべり面との角度がイメージできます。
上から4本目が比較的寝ていて、5本目が比較的立っているのでそれら2本の補強材に働いている軸力を比べてみたのが下記です。
どちらも45kNほどの軸力が働いていますが、一方は引張力(青)、もう一方が圧縮力(赤)です。
補強材には引張力が働いている前提では、赤色の圧縮力が働いている補強材にも締め付け力を見込んだ設計ができますが、土中の応力などを考慮できるFEMで計算すると、5本目には補強効果がほぼ見込めません。
せん断強度低減法で安全率を比較した場合、ロックボルトの打設角度を立てると寝ている場合に比べて安全率も下がっていきます。
法枠ロックボルトなどの法面現場をFEM解析していると、現場によってはロックボルトの補強効果が現れない現場があります。
地層が独特で計算がうまくいっていなかったり、モデル化が間違ったりしているのかと悩んだ時期もありましたが、そこにはこんな理由が隠れていました。
こんなことまで考えなくても経験的に行えるのが鉄筋挿入工の良さだと思いますが、少なくとも私はこの現象のためにFEM解析で欲しい成果が出ずに数週間悩んだので、知っておいて損はないことだと思います。