先日のブログで書いた続きになります。個人的な記録要素強めです。

国内の斜面安定解析方法では、補強材が移動土塊から受ける引張力にのり面工の力を加味するために、下記式①の考え方があります。

T1pa = 1/(1-μ)・T1pa’ ー ①
T1pa’:補強材と移動土塊との周面摩擦抵抗による引張り力 (kN)

海外の主なフランス、アメリカ、ユーロ基準では、単位幅当りのT1paを下記式で求めているはずです。

T1pa = (P + T1pa’)/Sh ー ②

P:補強材と連結された頭部材が保持できる最大荷重 (kN)
Sh:横方向の補強材間隔 (m)

なので例えば設計許容荷重が120kN程度の独立受圧板を使ったのり面工を採用する場合、P=120 kNを式②に代入するのだと思います。すると、純粋な周面摩擦抵抗力T1pa’にPが加わります。

国内式では、1/(1-μ)で無意識にT1pa’を数倍していますが、海外ではPとして値を直接入力するところが、世界基準との最大のギャップでありやりにくさだと感じています。

難しいのが、国内の安定計算ソフトだとμを入力しておけば、補強材ごとのT1pa’に勝手に1/(1-μ)が掛けられた値がT1paとして反映されて、Tpa = min [T1pa, T2pa, Ta]が返ってきます。

ところが、Slide2などのソフトでは、計算の前にあらかじめ補強材の仕様としてPを決定しておく必要があります。

なので、海外のメジャーソフトでμ=0.7などの設定をして斜面の安定解析を無理やり行うにはどうすればよいかと検討していますが、下記の(1)~(3)の流れで行えば、無理やり計算できないこともないのかもしれません。
ただ、(2)で設定するμは、補強材1段ごとに決める必要がありそうです。(1)で計算したT1pa’の最小値、平均値、最大値などから決定できればまだ簡便かもしれません。

(1)P=0 kNの補強材を配置してT1pa’を計算する。
(2)補強材一段ごとに上の式①=②となるPを求める。
(3)決定したPを格段の補強材に設定して再度計算を行う。

下記が試行してみたそのプロセスです。

(1)P=0kNで補強材を設定して、計算した補強材の軸力(引張力)図です。

頭部の部分が0になっていて、周面摩擦抵抗が補強材長に従って増えています。黄色のスライスが移動土塊です。水色がT1pa、赤がT2paです。枠で囲われた数字がTmaxです。青字で書いている数字が、すべり面に作用するTpaとして採用される最小値です。

Rocscience slide2 斜面安定解析

頭部のP=0kNが確認できます。つまりこのときのT1paは、T1pa’とイコールです(μ=0)。

Rocscience slide2 斜面安定解析

(2)つづいて、μ=0.7を想定して、最小値である1段目のT1pa(=T1pa’)である8.721 kNの4倍(Shで割られて2倍の値が表示)の値であるP=34.884 kNを設定することで、1/(1-μ)・T1pa’ ≒ 3・T1pa’を再現しました。

Rocscience slide2 斜面安定解析

この場合、先ほどは0kNからスタートした計算値が、17.442 kNからスタートしますので、PとしてT1pa’=8.721の2倍の値を見込んだことになり、T1pa’を加えるとT1pa’を3倍したことになります。これだと、最小値はT2paとなっていることがわかります。

格段の補強材のP=0kN時点のT1pa’に合わせてPを設定してやるのが本当なのかもしれませんが、それをやると大変なので、今回は最上段の補強材のT1pa’の2倍となる値をすべてのPとして適用しました。

Rocscience slide2 斜面安定解析

これで独立受圧板や法枠でμ=0.7など1.0未満のμを採用した場合の計算ができないことはないんじゃないかと思います。μ=1.0の場合は、そのままPを入力したらたいていの場合T1pa>T2paとなりそうです。μ=0.7の場合も、移動層の層厚が厚い場所のT1paについては、Pをそのまま代入しても同じような値になりそうです。ただ移動層が薄い場合だとT1paを過大評価しないか懸念されるところです。

いずれにしても、これで国内の法枠工やワイヤー連結系の工法を提案する際に、彼らに馴染みのソフトウェアを使って海外の技術者に説明したり、議論したりはできそうです。

それで海外式で計算する必要があれば、それはそれで簡単なので何も困りません。大事なのは、そのあたりのガラパゴスと言われがちな日本独自のものを理解して議論できるかどうかだと思います。

途上国に国内技術を普及させると意気込んで、いきなり、T1pa=1/1-μ・T1pa’なんだ!って言っても、彼らも優秀なんで「なんで?その根拠は?」って言われて行き詰まることが予想できます。日本国内のこれだけの実績がこの上ない根拠にはなるんですけど、Pを単純に代入するよりこっちのほうが安全側じゃない?そっちがそれでいいなら単純にPを代入するけど、みたいな話にしたほうがスムーズにいきそうだし、弊社がフィリピンの役人や技術者と議論するときはそうしようと思っています。